情報のアクセシビリティを知る 第1章

アクセシビリティについて考える

 この記事は、これまで障害者に関することや、アクセシビリティという考え方をあまりご存じなかった方、職場に新たに障害者を迎える方、業務で障害者とのコミュニケーションや対応が必要になった方などが、障害とアクセシビリティについて理解していただくためにまとめたものです。「アクセシビリティとはどんなものなのだろう」、「障害者はどんなふうに情報機器を使っているのだろう」というような、疑問に答えるものになっていると思います。

 第1章の「アクセシビリティについて考える」は、障害とアクセシビリティの入門、それから法律などを交えたアクセシビリティの必要性やコストについて説明しています。第2章の「アクセシビリティと障害者のニーズ」では、アクセシビリティの実例を紹介しながら、障害ごとの困りごとやニーズを説明していきます。そして、第3章「アクセシビリティの実例」では、どんな技術があり、どう使われているか、どんな注意点があるかについて説明しています。

目次

理解しているつもりでも

OKサインをしている男性

 職場のデスク越し、「これって、いつも通りの処理でいいですか?」と全盲の同僚に尋ねられた時に、黙って指でOKを出して返事をしてしまったことがあります。すぐにハッとして、声に出して「それでいいです」と返事をしました。障害者と一緒に働くことに慣れているつもりでも、こんなふうに失敗をしてしまいます。障害者とあまり交流のない人だとなおさらで、そうとは知らずに会議で名乗らずに話し始めてしまう、ということもよくあります。全盲の視覚障害者は声質や声の方向などで、その時に誰がしゃべっているのかを判断しているようです。ですから、視覚障害者が参加する会議では、名乗ってから話し始めることが大事です。この「名乗る」という習慣は、障害者が参加しない会議でも実践することをお勧めします。人の記憶力は様々で、名前がなかなか覚えられない人もいます。名乗ってから話す習慣があれば、自分の名前を覚えてもらいやすくなり、ビジネスの上でも良いことだからです。
 聴覚障害者の場合、手話ができないと、最初からどうやって会話しようかと考えこんでしまいますが、心配するほどのことはなくて、読唇術でしっかりと伝わっているということもあります。

 このような障害者とのコミュニケーションには、「障害」がどういうものかという一般的な知識はもちろんですが、その相手がどんな人かということもまた深く知ることが必要です。
 ここから、障害者とはどんな人たちなのか、日常生活や仕事の上でどんなことに不便を感じているのか、どんなサポートを求めているのかを理解しながら、障害者にとっての使いやすさ、アクセシビリティについて考えていこうと思います。

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アクセシビリティとは

 最近では、「アクセシビリティ」という言葉が普通に使われるようになってきました。弊社は、この「アクセシビリティ」を業務の中心に据えています。しかし、Googleで「アクセシビリティ」を検索しても、簡単な用語辞典のようなものを除けば「ウェブアクセシビリティ」の専門用語が羅列された説明ばかりです。そこで、まず「アクセシビリティ」という考え方を知っていただくことを通じて、弊社がどんなことを目指しているのかを知っていただきたいと思います。

 「アクセシビリティ(accessibility)」はアクセス(access)とアビリティ(ability)を接続した言葉です。直訳的に解釈すると、「アクセスの容易さ」になるでしょうか。英語圏では、アクセシビリティという言葉は、一般的に使われる言葉として「アクセスの容易さ」という意味で使用されます。しかし、障害者の問題に関する用法が広まってきたことで、アクセシビリティという言葉だけで「障害者のためのアクセシビリティ」という意味で使われることが多くなっています。日本国内では外来語の専門用語であることもあり、アクセシビリティ=障害者のためのアクセシビリティと理解されています。
ところで、アクセシビリティという概念には、高齢者や、一時的な不便のある人(たとえば、ケガをして車いすを使っている人)、日本語に不慣れな外国人や子どもなども含めることがあります。アクセシビリティの定義を調べると、そのような記述に出会うことがあります。これは、障害者のためのアクセシビリティの意味を広くとらえて、より広い人々の問題としてとらえ直そうという考え方です。アクセシビリティをもっと多くの人たちに役立つものにしていこうという取り組みは、アクセシビリティを広めるうえでとても大切な考え方です。ここでは、そういった考え方も視野に入れつつ、アクセシビリティの対象をまずは障害者に絞って、少しだけ高齢者のアクセシビリティについても考えることにします。

 なお、コンピューターやスマートフォンなどの情報機器、銀行のATM、駅の券売機、様々なオフィス用の情報機器、ウェブページ、アプリなどの情報分野はもちろん、交通、建築、トイレ、公共施設など、どんなものであってもアクセシビリティという概念で考えることができます。しかし、それをすべて説明することはできないので、コンピューターやスマートフォンなど、情報のアクセシビリティに絞って説明していきます。

アクセシビリティは、障害者にとっての使いやすさ、使用可能性である

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「使える」ことと「使いやすい」こと

炊飯器の操作パネル

 アクセシビリティが、障害者にとっての「アクセスの容易さ」であるという説明をしました。それをさらにかみ砕いて、障害者にとっての機器などの「使いやすさ」であると考えましょう。そして、アクセシビリティというのは、どのくらい使いやすいかという程度を表すものだと考えます。そうすると、アクセシビリティの「高い」ものは障害者にとって使いやすく、アクセシビリティの「低い」ものは使いにくいということになります。ここで考えておきたいのが、どの程度使えるのか、どの程度使いやすいのかということの重要性です。

 情報機器から少し離れてしまいますが、炊飯器でご飯を炊く時のことを考えてみましょう。この写真は炊飯器の操作パネルです。左側に「コース」というボタンがあり、右上に「炊飯」ボタンがあります。この「コース」というボタンを押すたびに、「白米 エコ炊飯」「白米 銀シャリ」「白米 早炊き」などのように次々と炊飯のコースが切り替わり、「炊飯」ボタンを押すと調理が始まります。このような視覚に頼ったインターフェース(人が操作するときに使うものをインターフェースといいます)ですと、見えなければどのコースが選ばれているかわかりません。この炊飯器を初めて使う全盲(目がほとんど見えない)の視覚障害者は、うまくご飯を炊くことができないでしょう。つまり「使えない」ものだということです。しかし、注意深く操作してみると、あることに気づきます。「コース」ボタンを押すとこの炊飯器は「ピッ」という操作音を出すのですが、「白米 エコ炊飯」が選ばれた時だけは、「ピピッ」と2回音を出すのです。このことに気づけば、画面表示が見えなくても「白米 エコ炊飯」を設定してご飯が炊けます。また、「ピピッ」と2回音が鳴って「白米 エコ炊飯」を選んだ後、もう1回だけボタンを押せば「白米 銀シャリ」を選べます。何回ボタンを押せばどのコースが選ばれるかを全部覚えておけば、画面を見ずにすべてのコースを選択できるわけです。もっとも、こういう方法は「使いやすい」とは言えません。

 最近では、アクセシビリティの機能として音声で教えてくれる炊飯器というものも発売されていますし、スマートフォンと接続して設定できる炊飯器も登場しています。このように、操作音の工夫だけで「最低限何とか使えるようにする」というレベルの製品もあれば、音声ガイドをつけて障害者や高齢者に「使いやすく」した高いアクセシビリティのレベルを実現したものもあります。アクセシビリティといっても、その中身は様々です。このように、「ピピッ」と2回音を鳴らして何とか使えるようにしてあれば、すべての機能を活かすことはできなくても、最低限の「ご飯を炊く」という目的は達成できます。

 コンピューターの場合はどうでしょうか。ウェブページを見て、メールを読み書きして、ワードで文章を書くということは日常生活でコンピューターを利用する際にも、普通にできなくては困ります。業務でコンピューターを使うというということになったらどうでしょうか。より専門的なソフトウェアを使う必要が出てくるでしょう。全盲の視覚障害者で、プロが使うような音楽編集ソフトウェアを利用しているミュージシャンがいるそうですが、その人の音楽制作に必要なソフトウェアにアクセシビリティの機能がなければ、どうすることもできません。

 ここで大事なことは、障害者が何かの情報機器やソフトウェアを使うときにも、目的や業務に応じてどこまでのアクセシビリティが必要なのかは変わってくる、そして誰しもが「使える」だけのものではなく、「使いやすい」ものを望んでいるということです。毎日の業務に使用するものであれば、仕事の効率を上げることも大切ですし、使い方の面倒なものを日々使うのはストレスがたまって嫌になってしまうことでしょう。障害者だけが煩わしい、面倒な作業に忙殺されるのは不公平ではないでしょうか。

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情報技術の進歩とアクセシビリティ

 情報技術は進歩してきました。この進歩が、障害者のアクセシビリティを向上させることもあれば、障壁になることもあります。

 たとえば、スマートフォンが普及してビデオ通話が高画質で利用できるようになったことで、聴覚障害者がこれを利用して、手話通話することができるようになりました。ビデオ通話は、直接的に障害者のために作られたものではありませんが、結果としてコミュニケーションのアクセシビリティを高めました。視覚障害者は、インターネットで最新新聞記事などを音声で読めるようになって、遅れることなく情報を取得できるようになりました。

 一方で、知的障害のある人はスマートフォンの操作が難しいために、今でも「ガラケー」と呼ばれるボタンのついた携帯電話を使っています。また、新型のノートパソコンでは、音量コントロールのボリュームやボタンが無くなり、ファンクションキーで操作するようになってしまったために、音量を頻繁に調整したい視覚障害者にはとても使いづらいものになっています。視覚障害者や身体が自由に動かせない肢体不自由者に操作しづらい電源ボタンになっていることもあります。

 このように、技術進歩はアクセシビリティを向上させることもありますが、新しく「壁」を作ってしまうこともあります。障害者や高齢者など、情報技術から取り残される可能性のある人々の声を反映しながら、技術を発展させる道を選びたいものです。

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アクセシビリティはなぜ必要なのか

 アクセシビリティとは何か、そして様々なレベルがある、そして情報技術の進歩が障害者に使いやすものを生み出すこともあれば、障壁になることもあるということを説明してきました。誰に尋ねても、「障害者にも使える製品が良い」ということに反対する人はいないでしょう。しかし、どんな製品にも、また搭載されるソフトウェアにも限界があります。どこまでコストをかけてアクセシビリティを高めればよいのかという問題です。アクセシビリティに考慮しなければ5万円で発売できるレーザープリンターが、アクセシビリティを高めたために10万円になるとしたらどうでしょうか。視覚障害者でも、身体がうまく動かせない肢体不自由者でも、買ってきてすぐ使えるコピー機はいくらで作れるのでしょうか。また、コピー機を購入する企業は障害のある社員のために何をすればいいのでしょうか。このような、社会全体で必要となるアクセシビリティのコストをどう考えればよいのでしょうか。

 このことを考えるヒントが「障害者の権利に関する条約(障害者権利条約)」にあります。この条約は日本も批准した条約で、その実現のために、日本では「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律(障害者差別解消法)」という法律が制定されています。条約の第2条「定義」に次のような文言があります。

「合理的配慮」とは、障害者が他の者との平等を基礎として全ての人権及び基本的自由を享有し、又は行使することを確保するための必要かつ適当な変更及び調整であって、特定の場合において必要とされるものであり、かつ、均衡を失した又は過度の負担を課さないものをいう。

障害者の権利に関する条約(障害者権利条約)

 この合理的配慮、つまり「必要かつ適当な変更及び調整」を提供することが、障害者の権利を保障することであるとされています。メーカーがアクセシビリティの機能を備えた製品を開発すること、企業や公共団体などがアクセシビリティ機能を備えた製品を購入することが、この「必要かつ適当な変更及び調整」であるということです。

2021年の障害者差別解消法改正で、公共機関だけでなく、民間事業者に対しても「合理的配慮」の提供が義務付けられました。差別をしないことはもちろん、「合理的配慮」の提供が求められるのです。先に述べた炊飯器のメニューの基点で「ピピッ」と2回音を鳴らすのも合理的配慮になりますし、音声ガイドを付けるのは、より進んだ合理的配慮ということになります。

 では、どこまでの合理的配慮を提供すればいいのでしょうか。すべての炊飯器に音声ガイドを付けるのでしょうか。そのヒントは、障害者差別解消法第8条の2にあります。

2 事業者は、その事業を行うに当たり、障害者から現に社会的障壁の除去を必要としている旨の意思の表明があった場合において、その実施に伴う負担が過重でないときは、障害者の権利利益を侵害することとならないよう、当該障害者の性別、年齢及び障害の状態に応じて、社会的障壁の除去の実施について必要かつ合理的な配慮をするように努めなければならない。

障害者差別解消法第8条の2

 ここに、「実施に伴う負担が過重でないときは」と書かれていることがわかります。ですから、コストがかかりすぎない範囲で、できることはやるべきだということになるでしょう。炊飯器の例でいえば、メニューの基点で「ピピッ」と2回音を鳴らすという工夫は、ソフトウェアの工夫で簡単にできることで、大きな負担とは言えません。また、値段が少し高くなっても、音声ガイドのついた炊飯器をラインナップとして揃えることもやるべきでしょう。

 このようなアクセシビリティを高める工夫は、技術としてすでに確立しています。基点で「ピピッ」と2回音を鳴らすという方法は、日本産業規格(JIS)に書いてある方法の一つです。そのような工夫を重ねていくことで、障害者とともに生活し、働くことのできるアクセシビリティの確保された社会基盤ができ上っていくことでしょう。

 このことは、障害者とともに仕事をするときにも必要な考え方です。企業は過重でない範囲で、障害のある人に仕事ができる環境を整える責任があります。

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アクセシビリティはだれが負担するのか

 ところで、アクセシビリティを確保した製品を購入し、導入するためのコストはだれが負担するのでしょうか。障害者の生活と就労を保障するための福祉労働政策として、経済的支援制度が用意されています。個人で利用する日常生活用具給付制度や、企業が利用する障害者介助等助成金、第1種作業施設設置等助成金などの数多くの制度があります。

日常生活用具給付制度

 障害者が日常生活をするために必要となる用具の給付を受けることができます。自治体によって内容が異なる場合がありますが、東京都新宿区の例を見てみましょう。情報やコミュニケーションにかかわるものを書きだすと、次のような品目が挙げられています。(内容は変更されることがあるので、必ず新宿区のWebページで確認してください)

品目 基準額 耐用年数
携帯用会話補助装置325,000円5年
情報・通信支援用具(パソコン等周辺機器)100,000円5年(分割)
情報・通信支援用具(アプリケーションソフト)153,360円6年(分割)
点字ディスプレイ383,500円6年
視覚障害者用拡大読書器198,000円8年
東京都新宿区 の日常生活用具給付例

 それぞれの品目について、どのような障害者が対象になるかなど、さらに細かく規定されています。「(分割)」と書かれているものは、その年限(耐用年数)で基準額までの範囲で、複数回の申請が可能となっています。もちろん、品目には情報機器ばかりではなく生活上必要になる様々な福祉用具がリストアップされており、自治体に申請することで給付を受けられます。なお、所得によっては自己負担があります。

 この制度を利用することによって、視覚障害者が使うスクリーンリーダー(画面読み上げソフト)や、肢体不自由者が使う意思伝達のためのシステムの給付を受けられます。ただし、価格には制限がありますから、とても高価なものを選ぶことはできませんし、どうしても必要な機器が日常生活用具給付の対象になっていないこともあります。もっと幅広く、障害者に役立つ製品が給付されるようになると、障害者のアクセシビリティがさらに改善していくことになるでしょう。

 この制度を利用するときは、まず買いたいもののカタログなどを用意して、役所の障害(者)福祉課で相談しましょう。

東京都新宿区の日常生活用具給付 http://www.city.shinjuku.lg.jp/fukushi/file06_04_00004.html

企業で利用できる助成事業

 障害者を雇用するときに利用できる様々な助成金が用意されています。それらを利用することで、企業でのアクセシビリティ改善のための負担を軽減することができます。

 「障害者介助等助成金」では、視覚障害などの障害者に対する職場介助者を配置した場合、3/4の助成率で、10年間にわたりその費用に対する助成金を受け取ることが可能です。職場介助者とは、重度障害のある人の職場で、食事やトイレなどの介助、事務処理等の補助や文書作成を行う人などのことです。聴覚障害者の遠隔手話通訳などITを利用した遠隔の支援も対象になっています。職場環境の整備には大いに役立てることができます。

 また、「第1種障害者作業施設設置等助成金」という助成制度では、障害者を雇用するために必要となる設備の改修が行えます。例えば、トイレを車いすで利用できるように改修する、手すりを設置する、車いすで使える作業机を用意する、階段にスロープを付けるなどの環境整備が主ですが、作業設備として障害のある社員が利用するためのパソコンやソフトウェアを申請している例もあるようです。

 障害者雇用に関連した助成事業はとてもたくさんあります。制度の詳細は厚労省などのサイトでよく確認して利用してください。また、制度は変更されることがありますので、調べてみてください。また、自治体で独自に行っている助成制度もありますので、調べてみることをお勧めします。

 アクセシビリティを改善し、合理的配慮を行うための負担とその軽減策についてみてきました。確かに多くの制度がありますが、残念ながらまだ対象は狭く、障害者の生活の改善と雇用促進は思うように進んではいません。特に重度障害者の雇用を促進するためには、もっと柔軟で幅広い給付や助成の制度が必要でしょう。民間にも合理的配慮を求めるように改定された、障害者差別解消法の精神を実現するために、さらなる拡充を求めたいところです。

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第2章 アクセシビリティと障害者のニーズを読み進める